杉藤園 · 水見色の記録
静岡茶のはじまり
1241年、ひとりの禅僧が宋から帰ってきた。円爾(えんに)、のちの聖一国師である。
6年にわたって宋の禅寺で修行した円爾は、経典とともに、茶の種を持ち帰ったと伝えられている。それを播いたのが、静岡の北の山あいにある足久保。これが静岡茶のはじまりとされている。
円爾という人
円爾は1202年、同じ山あいの栃沢に生まれた。1235年に宋へ渡り、1241年に帰国。のちに京都に東福寺を開き、「聖一国師」の名を贈られた。

円爾(聖一国師)像。吉山明兆の作と伝わる。パブリックドメイン。
記録ではなく、言い伝え
ひとつ、正直に書いておきたい。円爾が茶の種を持ち帰り、足久保に播いたという話は、当時の史料で確かめられたものではない。言い伝えである。
それでも、この土地で茶をつくる人なら誰もが知っている話で、町もそれを大切にしている。静岡市は円爾の誕生日にあたる11月1日を「お茶の日」とし、生まれた栃沢には生誕の碑が建っている。
私たちにとって
安倍川と藁科川の上流でつくられるお茶は「本山茶」と呼ばれ、その歴史を足久保から数える。私たちの畑がある水見色は、藁科川の側、足久保の隣の谷にある。
だから「本山茶です」と言うとき、私たちはこの話の上に立っている。この山で800年近く続いてきた茶の、その始まりの話である。
出典:お茶のまち静岡市「聖一国師生誕(碑)」(静岡市)/本山茶について/足久保「歴史」。足久保への播種は言い伝えであり、史料で確かめられた出来事ではありません。