スマートフォンを長時間見ていると、自然と頭が前に突き出た姿勢になります。
いわゆる「スマホ首」「前頭位姿勢(FHP)」です。
「見た目が悪いだけ」と思っていませんか?
Lin et al., 2025(BMC Musculoskeletal Disorders)の研究は、前頭位姿勢の人が歩くときに体幹を前に倒して代償することを、三次元動作解析で明らかにしました。
「前頭位姿勢」をどう定義するか——CVA 44度という数値
この研究では、前頭位姿勢を**CVA(頭部椎体角:Craniovertebral Angle)**という指標で評価しました。
CVAは、第7頸椎(首の付け根の骨)と耳のつけ根を結んだ角度です。
この角度が小さいほど、頭が前に出ていることを意味します。
研究では、48名の参加者(平均年齢約27歳)のCVAをK-meansクラスタリングで自動分類した結果——
CVA 44度が、FHP群と健常群を分けるカットオフ値として導き出されました。
▼ 2群の特徴
・健常群(CVA ≥ 44°):26名、平均CVA 47.20 ± 4.78°
・FHP群(CVA < 44°) :22名、平均CVA 41.91 ± 4.06°
約5度の差が、歩行に明確な違いをもたらしました。
どんな実験をしたのか
▼ 実験の概要
・対象:48名(大学生・若年成人)
・測定:三次元動作解析システム(反射マーカー+床反力計)
・条件:自然歩行速度でのトレッドミル歩行
・測定項目:体幹・下肢の関節角度・モーメント・パワー、歩行速度、重心位置など
わかったこと
「速さ」は変わらない——でも「使い方」に関連がある
FHP群と健常群を比べると、歩行速度・ストライド長・歩行率(ケイデンス)に有意差はありませんでした。
一見すると「FHPがあっても歩きには影響しない」ように見えます。
でも、関節の動かし方を見ると、はっきりした違いが出ていました。
体幹の過剰な前傾
FHP群では、荷重応答期〜立脚初期における体幹屈曲が有意に大きかった(p = 0.047) FHP群では、前遊脚期〜遊脚初期でも体幹屈曲が有意に大きかった(p = 0.039)
「体幹を前に倒すことで、前に出た頭の重さをバランスさせている」という補償動作です。
人の頭は約5〜6kgあります。
その重さが、首の正中軸より数センチ前に出るだけで、首・肩・上背部に10〜20kgに相当するトルクがかかります。
身体はそのバランスを取るため、体幹全体を前に倒して対応しようとする——。
重心-膝角度の変化
遊脚中期(71.26〜87.92%)において、FHP群の重心-膝角度が有意に減少(p = 0.007)
重心から膝への角度が変わるということは、脚を前に振り出すときの力の方向が変わっているということです。
膝関節パワーと足首・膝の縦方向力(gait cycleの終盤)も、FHP群で有意に高くなっていました(p < 0.05)。
なぜ前頭位姿勢が歩行を変えるのか——メカニズム
頭が前に出ると、前庭系(内耳のバランス感覚)と固有感覚(頸椎からの位置情報)の両方に影響が出ます。
頸椎(首の骨)には、位置感覚を伝えるセンサー(固有受容器)が密集しています。
前頭位姿勢では、この頸椎の関節がねじれた位置に置かれ、位置情報の精度が落ちる可能性があります。
すると脳は「安定した地盤を探す」ために、体幹を前に倒すという安全策を選びます。
「歩行速度は変わらないが、使い方が非効率になる」——これは、補償で速度を維持しているだけで、根本的な問題は残っているということです。
この結果をどう読むか
この研究には限界があります。
・対象が若年健常者(平均27歳)——高齢者や姿勢問題を持つ人での影響はより大きい可能性
・横断研究であり、FHPが「原因」か「結果」かは言えない
・トレッドミルでの測定——実際の地面での歩行とは力のかかり方が異なる
ただし、これはクエスチョナトリー研究であり、CVAのカットオフの出し方や各指標の定義は、本文表と付き合わせて確認する余地があります。
CeD Laboの視点
「鳩尾の奥の重心から動き出す歩き方」という考え方と、この研究の結果は重なっています。
前頭位姿勢では——
重心が本来の位置(体幹の芯)から外れ、体幹を前傾させることで補償している。
これは「重心の移動から歩き出す」というより、「倒れながら補正している」状態です。
頭が正しい位置にあれば、体幹を過剰に前傾させる必要がない。
その「頭を正しい位置に保てるか」には、首の深部筋・顎・舌の機能が関わっている可能性があります。
論文情報
・タイトル:Effects of Forward Head Posture on Gait Biomechanics: A Comparative Study Using Three-Dimensional Motion Analysis
・著者・発行年:Lin et al., 2025
・掲載誌:BMC Musculoskeletal Disorders
・PMC番号:PMC12329986
・エビデンスレベル:★★★(比較横断研究・n=48)