持久力を上げたい。
そう思ったとき、多くの人は走る量を増やします。
心肺機能を上げる、という発想です。
ところが——心肺機能は一切変わらないまま、長く走れるようになったという研究があります。
変えたのは、呼吸の筋肉だけでした。
走るとき、呼吸の筋肉も疲れている
見落とされがちな事実があります。
運動が激しくなると、呼吸の筋肉そのものが疲労します。
横隔膜も筋肉なので、使い続ければ疲れる。
呼吸の筋肉が疲れると、息をするのにより多くの努力が必要になります。
さらに、疲れた呼吸筋に血液を回すため、脚に回る血液が減るという説も報告されています。
つまり呼吸の疲労は、脚のパフォーマンスを削る可能性がある。
ここに介入したのが、吸気筋トレーニング(IMT:息を吸う筋肉に負荷をかけるトレーニング)です。
この研究について
Ren et al.(2025年、Life誌)は、アマチュアランナーを対象にしたランダム化比較試験です。
▼ 研究の概要
・対象:18〜25歳の男性アマチュアランナー30名
・条件:ランニング歴3年以上
・期間:8週間
・分け方:3群にランダム割り付け
エリート選手ではなく、アマチュアが対象という点がこの研究の特徴です。
▼ 3つのグループ
・HIMT:高強度の吸気筋トレーニング
・LIMT:低強度の吸気筋トレーニング
・対照群:通常のランニング練習のみ
3群とも、普段のランニング練習は継続しています。
差は、吸気筋トレーニングを足したかどうかだけです。
わかったこと
吸う力・吐く力が大きく伸びた
最大吸気圧(MIP):81.90 → 111.99 cmH₂O(高強度群、p < 0.01)
MIP(息を最大限に吸うときに出せる圧力。呼吸筋の力の指標)が、高強度群で約37%上がりました。
低強度群も 81.97 → 95.86 cmH₂O と上昇。
対照群は 85.27 → 85.10 とほぼ変化なしです。
最大呼気圧(MEP):101.12 → 126.78 cmH₂O(高強度群、p < 0.01)
吸う訓練をしたのに、吐く力も上がっています。
長く走れるようになった
疲労困憊までの時間(TTE):高強度群 p < 0.01/低強度群 p = 0.025 で延長
TTE(限界まで運動を続けられた時間)が、両方の群で有意に延びました。
高強度群は対照群と比べても有意差がありました(p = 0.042)。
きつさと息苦しさが減った
主観的なきつさ(RPE):高強度群 p = 0.005/低強度群 p = 0.032 で低下
息苦しさ(RPB):高強度群 p = 0.012/低強度群 p = 0.018 で低下
同じ運動が、楽に感じられるようになったということです。
乳酸の溜まり方が減った
血中乳酸:高強度群 p = 0.004/低強度群 p < 0.012 で低下
運動中に溜まる乳酸が減りました。
——なのに、VO2maxは変わらなかった
ここがこの研究の核心です。
VO2max:変化なし(F = 0.045、p = 0.834)
VO2max(最大酸素摂取量。一般に「心肺機能の大きさ」の指標とされる数値)は、どの群でも変わりませんでした。
最大心拍数も変わっていません。
肺活量(FVC)や1秒量(FEV1)にも有意な変化はありませんでした。
つまり——
エンジンの大きさは変わっていないのに、長く走れて、楽になった。
なぜエンジンが同じで結果が変わるのか
論文で議論されている経路を整理します。
① 呼吸筋の疲労が遅れる
呼吸筋が強くなると、同じ強度で走っても疲労が始まるのが遅くなります。
呼吸が破綻しなければ、運動を続けられる時間が延びます。
② 呼吸に取られる努力が減る
息をするコストが下がれば、その分だけ余裕が生まれます。
RPE(きつさ)が下がったのは、これで説明がつきます。
③ 血液の配分が変わる可能性
呼吸筋が疲れると、そこへ血液を優先的に回す反射があると報告されています。
呼吸筋が疲れにくくなれば、脚に回る血液が保たれる。
乳酸の低下は、この経路と整合的です。
いずれも「酸素を取り込む上限」を上げたのではなく、同じ上限をうまく使えるようになったという話です。
この結果をどう読むか
① 30名・8週間の小規模な研究です
1つの試験の結果であり、確定した結論ではありません。
② 18〜25歳の男性のみ
女性、中高年、運動習慣のない人には、そのまま当てはめられません。
③ ランニング歴3年以上の人が対象
まったく走っていない人が同じ結果になるとは限りません。
④ 器具を使った吸気筋トレーニングです
「深呼吸の練習」ではなく、抵抗をかけた専用のトレーニングが検証されています。
⑤ VO2maxが変わらなかったことは、限界でもある
持久力の土台そのものが底上げされたわけではありません。
効果の性質を正しく捉えておく必要があります。
CeD Laboの視点
この研究がはっきり示したのは、「素質の大きさ」と「実際に出せる力」は別だということです。
VO2maxは、しばしば持久力の才能のように語られます。
その数値が1ミリも動いていないのに、走れる時間は延び、きつさは減り、乳酸も減った。
伸びたのは才能ではなく、運用でした。
しかも対象はエリート選手ではなく、アマチュアランナーです。
1日数分の呼吸トレーニングで、普通に走っている人の出力が変わった。
「持って生まれたものが足りないから」と諦めていた部分の一部は、まだ使い切れていないだけなのかもしれません。
論文情報
・タイトル:Effects of Inspiratory Muscle Training on Respiratory Muscle Strength, Lactate Accumulation and Exercise Tolerance in Amateur Runners: A Randomized Controlled Trial
・著者・発行年:Ren Z, Guo J, He Y, Luo Y, Wu H. 2025
・掲載誌:Life(MDPI)15(5): 705
・DOI:10.3390/life15050705
・エビデンスレベル:★★★(ヒトRCT・3群比較・n=30)
・注意:18〜25歳の男性アマチュアランナーを対象とした8週間の研究です。他の年代・性別・運動レベルへの適用は要検証です。
本記事は研究論文の要約・解説であり、医療上のアドバイスではありません。
症状がある場合は医療機関へご相談ください。